武士の矜持は支配層であることばかりでなく、言動が美しく、格好の良いものであることにも顕れていました。洋の東西を問わず、職業軍人には威厳が求められるものです。日本の武士も例に漏れず、人前では格調高い振る舞いに徹するよう、心掛けていたのです。例えば見栄えに関しては、脇に差した二本の刀も美しく留まっていなければなりませんでした。脇差の角度、柄の頭の位置にまで理想の状態が存在し、それを頑なに守っていたのです。行動に関しても様々な理想がありました。武士は刀を神聖視していたため、他人の刀を跨いだだけで切り殺されることもありました。刀と刀がぶつかっても斬り合いに至りました(但し時代劇でよく見かける「峰打ち」は捏造だと言われています)。

 下級武士ならこの程度で済んだのですが、上級武士ともなればさらに厳格な規律が課せられました。街中で知人と会っても井戸端会議をしたら罰せられましたし、緊急時を除いて走ることも禁じられました。雨宿りすら許されず、ずぶ濡れになろうともゆっくり歩く他なかったのです。

 ところで時代劇の影響で現代人の我々が誤解していることに、平時の斬殺の多さや犯罪者の扱いの乱暴さがあります。確かに現代に比べれば人権の概念が薄かったのは事実なのですが、下手人を見つけ次第役人が斬って捨てるような恐ろしいことはありませんでしたし、縄で捕獲する時も、下手人をなるべく傷つけないように手加減したとされています。抜刀は下手人の抵抗があまりにも激しく、どうしても捕縛できないと判断した場合にのみ許されました。